誰が聞いたってわかるような、ガラスの割れるあの音が背後に起こった。反射的に振り返ると、見事に、廊下
側の窓一枚が木っ端微塵に粉砕されていた。
 ここは二階。廊下側の窓は、床からの高さが一メートルくらいある大きい窓ガラス。窓ガラスの向こう側は、
道路だ。校庭なんかもないから、何か飛んでくるとしたら、外から何かが投げ込まれるとかでもない限り、割れ
る事なんてないと思うが……。
 投げ込まれたとかなると、ちょっと物騒だなぁ――とか思いつつ、割れた方へ行ってみる。何もない。なんだ
ってんだよ。ガラスまで俺の人相で割れたってか? 笑えない。
 割れた窓の方を見上げてみる。枠しか残っていない。綺麗に丸々一枚、木っ端微塵。
 む、こんなところにいたら、また俺の伝説が追加されてしまうんじゃないか? 突破、気合いだけでガラス割
る、とかな。もうこれ以上は勘弁してくれ。なのでここは、少し悪いけど知らん顔で逃げさせてもら――おう?
 枠だけになった窓から、黒い何かが飛び込んできた。それはガラス片が散った上に着地。
 ふわり――艶のある黒い羽根が広がっている。違う、羽根じゃない、髪だ。真っ黒の長い髪が、重力にひかれ、
ゆっくりと落ちる。その髪の中心にいるのは、見慣れない女の子だ。顔は良く見えない。
 髪が全部落ちるか落ちないかのところで、その子は立ち上がった。そんなに背は高くないのだけど、髪はその
背丈くらいある、真っ黒なストレート。
 そして、こっちを見た。
 真っ黒だった。髪もだけど、瞳も真っ黒。対照的に、肌は真っ白だ。どこか無機質な人形を想像してしまいそ
うな風貌の、女の子だ。
 真っ黒な瞳は俺の方を見た。そして何も気にしないというふうに、道ばたに転がっている空き缶でも見るかの
ような目で俺を一瞥すると、その子は軽く周囲を見回した。別に俺を見たのではないのかもしれない。たまたま
見回した周囲の中に、俺がいた――そんな感じだ。
 くるっと見回すと、その子はタッと走り去ってしまった。手には何かきらきらしたのを持っていた。杖?
 そんなことはさておき、可愛い子だったな。真っ黒なロングのストレートとか、すごい綺麗だったし。あの真
っ白な肌の良く整った顔立ちも、良かった。可愛いというか、美人っていう感じで。日本美人だね、うん。
 ――っと、それは良いんだ。可愛い子を見られたっていうのは、何の問題もない。
 あの子はどうやって、あそこから入ってきたんだ? 何度か言ったけど、ここは二階だぞ?
 まともに考えるとなんて不思議な怪現象――となるんだろうけど、あの姉たちのおかげで、二階に飛び込んで
くるとか、その程度は別になんということはないのだけど、姉たちのような人間がまだいるということを、まず
信じたくない。
 可愛い子だったけど、なにやら不穏な予感もする。ここはさっさととんずらするのが良さそうだ。
 はぁ……ついてない一日だ。
「こんなんじゃいつになってもカノジョなんてできねぇよな……」
 と、思わず声に出してしまう。
 もういいや、今日は帰る。また違う作戦を考えよう。そういや新しいガン雑誌の発売だったし。それも買って
帰ろう。そう思って一歩を出した時だ。
「カノジョが欲しいのかい?」
「……?」
 背後から、聞き覚えのない声。そう言うのが聞こえた。
 誰かいるのか? 振り返るも、そこには誰もない。
 それもそうだよな。俺に話しかけるやつなんて、この学校にはいないもんな。
 帰る帰る。もう帰る。
 階段を降りて、一階へ。その階段の途中でもまた――
「ねぇねぇ、カノジョ欲しいのー?」
 そう聞こえた。まただ。
 ちなみに俺は人相と噂は悪いが、中身はいたって普通。普通っていうだけで、聖人のように穏やかであるとい
うわけではない。
 つまり不必要にからかわれれば頭にも来るわけだ。
「誰だよ!」
 一階へと続く階段の踊り場に、俺の怒鳴り声が響いた。我ながら迫力のある声。誰かいたらたぶん悲鳴でも上
げて逃げ出していただろう。
 そのくらいのすごみはあったわけだし、誰かいたら出てくるなり逃げ出すなり、何らかの反応はあると思った
のだけど……無反応。おかしいな。もしかして、俺を怖がっていないやつがからかっているのか? そうだとし
たらそれはそれで貴重な存在かも知れないけど、こんなからかわれ方をするのはあまり好きじゃない。
 何か言いたいなら、ちゃんと出てきやがれってんだよ。


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