予感的中! 我ながらに優秀な危険察知能力! 頭上から迫ったのは鋭い光を放つ刃だ。
 反射的に身を捻り、振り下ろされるそれをかわす。
 俺が今さっきいた場所の空気が切られる音。刃は長い。刀か。持っているのはあの、窓から入って来た女の子
だ。
「いきなりなにす――うぉぁっ!?」
 問いかける間もくれず、今度は横薙ぎ一閃。明らかに俺を狙ってる!
 ウサギを放り出し回避に専念。かかとで地面を蹴って、思い切り飛び退く。背中を見せる勇気はない!
 振られた刀はかなり早い。真横に振られたことはわかったが、刀身は目で追えるような速さではなかった。
 飛び退いて着地して、そこでやっと、自分の首がまだ繋がっていることを認識。前髪がパラッと数本落ちる。
「――はずした。って、なんで避けるの?」
 …………。
 西部劇のガンマンのように、クルッと手元で刀を回して納刀。何事もなかったかのように、そして俺に向かい、
さっきの攻撃を避けたことがとても不思議なことであったかのように、その子はそう言った。
 言っている内容はともかく、綺麗な声だった。落ち着いていて、一言一言がはっきりと聞こえる。良く澄んだ
声。
 正面から見ると、顔立ちはやっぱり整っている。どこか古風な感じがする、日本美人。体つきは小柄。黒い髪
と瞳がすごく綺麗で――
「――って、そんなこと見ている場合じゃないか。何でって普通避けるだろう!?」
「カンペキ不意打ちだったのに。まぁいいや」
 その子はくるっと向きを変え、何かをきょろきょろと探した。視線は屋上の隅っこに移動していたあのウサギ
を捕らえて止まる。
「なんだ、あのウサギを狙ってたのか?」
「あのウサギも、ね」
「ってことは俺もか!?」
「面倒だから一緒に斬ろうかと思った」
「面倒でも一緒に斬らないでくれ! お、おい、それよりあのウサギ何なんだよ?」
「秘密。あ、機密? 国家的だし軍事的」
「わけわからん! わかるように説明を――」
「黙っててスケベくん」
「スケ……なんでそうなるんだよ!」
「初対面の女子を品定めするようにじろじろ見てたじゃない。見とれるのはわかるけど、そういうのを堪えてこ
そじゃない?」
「…………」
 正論を言いつつ、この子はウサギから目を放さない。鋭い目線。ただ者じゃない――そう思い改めてその子の
持つ刀に目を向け――絶句した。
 目測、刃渡り二尺五寸。反りを抑えた居合い刀。そこは問題ない。至って標準的。
 問題があるのは、鞘だ。
 最初に見た時、それは杖かと思った。杖というか、魔法少女の持っているような杖。それがどうやらその居合
い刀の鞘だったらしい。
 俺のイメージでは、居合い刀ってのは黒塗りか、白木鞘というイメージ。
 それが――ひでぇ! こいつの持っている鞘はありえない装飾がされている。宝石だかビーズだかは知らない
が、ギャルが持ってるケータイのように、ゴッテゴテにデコられてる!
「ひでぇ! 何だよこれぇ!」
「ちょ、ちょっとナニ?」
「おまえいくらなんでもこれはないだろう! 刀への冒涜だ! 貸せ! 今すぐ正しい状態に戻してやる!」
「馬鹿触らないで! いいじゃん別に。これ、わたしのなんだし。だいたいあんたに何の関係もないじゃん。さ
っさとお家に帰りなさい」
「帰れっかよ! あのウサギのこととかも詳しく――げっ!」
「ん?」
 ふとウサギの方を見ると、あのウサギ、こっちに銃を向けている。
「やべぇ伏せろ!」
「は? なんで――うわっ!」
 とりあえず有無を言わさず、この子にタックルするようにして腰を抱き込み、出入り口の裏へと文字通りに転
がり込む。
 直後、乾いた銃声とコンクリの床が弾ける音が響く。
「モヒヒヒ! ナニをごちゃごちゃ! もういい! 始末してやる!」
 ウサギの声が聞こえる。というかあいつ、どっからあの軽機関銃(ミニミ)を出したんだ?
「おいおま――うぶ」
「ちょっとなに勝手なことしてんの?」
「撃たれるだろうが!」
「避けられるわよあんなの」
「馬鹿言え。M249だぞあれ。ミニミとも言うんだけどな。しかも実銃じゃねぇかよあの音。5.56ミリとは言
え高速発射だ。避けられるわけねぇだろうが。この距離じゃ喰らったら助からねぇ」
「そんなの知らない。どうでもいいけど離れなさいよっ!」
「ぐげっ」
 ボスっと、俺のみぞおち当たりを殴りやがった。いてぇ。
「なにしやがんだよおまえ……いってぇな」
「民間人のくせに。ガンマニア?」
「まーな。何なんだよあいつ」
「特異障害」
「は?」
「あーもう! このわたしが民間人巻き込んじゃうなんて! あーあ、かっこ悪い」
「おい、俺の質問に答えてくれ。特異障害ってなんだよ?」
「言えるわけないじゃん。というか、なんであんた、あいつを追いかけていたの?」
「何でって、一生カノジョできなくしてやるとかなんとか言われて頭きたからだ」
「馬鹿っぽい理由。でも一応被害者ってことね」
「被害者?」
「モヒヒヒ! 隠れても無駄だっ!」
 ドガガガガっと、隠れていた壁に銃弾が撃ち込まれる。
 思わず身を屈めてしまうが、もうしばらくは保つだろう。ハードカバー――銃弾を通しにくい障害物があって
助かったぜ。
「おい! 被害者ってなんだよ!」
「……あんたさ、民間人のくせにこういう状況でも比較的落ち着いてるよね。めっちゃ鈍いか、すごい馬鹿?」
「最適な行動をしてるだけだ。取り乱したって死ぬだけだろうが。慣れてるっていうか、イメージ的にな」
 生まれて初めて、姉ちゃんに少し感謝したい気持ちだ。
「うし……とりあえずは状況を打開しないとな。刀と軽機関銃(ミニミ)じゃどう考えてもこっちが不利だ」
「ちょっと、なんで不利なのよ」
「刀で銃に勝てる間合いじゃねぇだろう!」
「勝てるって」
「……そういやおまえ、何者なんだ? そっちだって落ち着いてるじゃねぇかよ」
「秘密。ま、バイトって所ね」
「傭兵か?」
「そんなところ。というか、いつまでもいないで帰りなさいって」
「帰れる状況かよ。下への入口はちょうどこの反対側だ。火線に出なけりゃ帰れねぇよ」
「あ、そうか」
 壁に背を付けてしゃがみ込んだまま、今気づいたというように、この子は頬に人差し指を当てた。
 非常に可愛い見た目をしているのだけど、俺の本能が警鐘を鳴らしまくり。この女の子、いや、この女は相当
にやばい!
 刀持ってるとか、銃撃でも平然としてるとかという理由じゃなくて、たぶん、こいつは俺の姉ちゃんたちと同
じタイプの人種だ。
 非日常に起こるトラブルを日常にして、それを越えるトラブルで解決していく。なおかつ、そこに誰を巻き込
もうが、知ったこっちゃないっていう、そういうタイプ。
 冗談じゃない。どんなに見た目が良くても、それだけは避けないと!
「ねぇちょっと」
「なんだよ?」
「そっちから飛び出して注意を引いてよ。その隙に倒すから」
「…………」
 ほら来た。丸腰で軽機関銃(ミニミ)の前に飛び出るとか、ない。あっちの獲物が普通のアサルトライフルとか
なら、まだ「嫌だ」で済む。ミニミのような分隊支援火器――要するに機関銃っていう部類の銃器は面での制圧
力があるんだ。飛び出した瞬間、「俺がいる方向」という面に対して弾が撒かれ、俺は蜂の巣。つまり――
「断る。絶対嫌だ」
 うん、我ながら最善で真っ当な答え。
「なんでよ」
「死ぬだろうが!」
 叫んだ直後、がちゃりという音。咄嗟に振り返ると、そこにはあのウサギが来ている!
「死ね!」
 なんともわかりやすい単語を言い放つと同時に、トリガーが引かれる。
 再度、目の前で相変わらず平然としていたこの子を引っ張り、火線から逃げるようにカドを回り込む!
「モヒヒヒ! 追いかけっこは立場逆転だ!」
 そいつは同意せざるを得ない。
「ったく――どうなってんだよ今日は」
「良かったじゃない」
「なにが?」
「これで出口に行ける」
「あ、そういうこと――って、ここまで来たらあいつにお返ししないとな」
「ん?」
 逃げ込む瞬間、足下を一発がかすったらしい。くるぶしの少し上あたりのズボンが裂け、少しだけど血が滲ん
でいた。
「傷……」
「たいしたことねぇよ、これくらい」
「避けられないの? 鈍いんだね、やっぱ」
「あ、そういうこと? 心配じゃないわけな」
「心配? なんでよ? 初対面のスケベさんなんかをなんで心配するわけ? さっきからことあるたびにわたし
に触るじゃない。あ、もしかしてだから逃げないの?」
「おまえ、自意識過剰って言われないか?」
「言われない」
「……まぁいいや。ん? なんだよこれ」
 ふと気づくと、この子の足下に銃のような物が落ちていた。俺が拾おうと手を伸ばした瞬間、再び影からウサ
ギが顔と銃口を覗かせた。
「くそ! 避けろ!」
 前屈みになっていたので、そのまま銃のような物を拾い前転して銃口の延長線上から逃れる。ここはあの出入
り口以外に遮蔽物はない。一度回避したら、全力で反対側へ走るしかない!
「モヒヒヒヒ! 女の方から始末してやる!」
 やば――いくら危険な女とは言え、目の前で蜂の巣にされるのは寝覚めが悪すぎる!
 振り返ると同時、銃声が起こる。遅かったか! と思ったのだが――
「モヒ!?」
 クルッと――とまぁ良くわからない表現だけど、そうなんだ。避けるというよりは、地面を蹴って跳んで、上
空でクルッと回って、ウサギの真後ろに着地した。
 そういや、二階の窓に飛び込んでくるくらいの脚力あるんだっけか。
 着地した瞬間、刀が抜かれる。抜きザマの一閃と、返す一閃。軽機関銃(ミニミ)を三分割――少しもったいな
い気もするが、見事な居合いだ。
 そして何が起こったかわからないでいるウサギを、サッカーボールのように蹴っ飛ばす。
 着地してからそこまでの動作、まさに一瞬。迷いためらい、一切なし。ウサギと打ち合わせでもしていたかの
ようだ。
 蹴られたウサギは数回バウンドして、転がる。


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