『者どもよ、我らを貴族と知っての狼藉(ろうぜき)か?』
傍らで、由香は人外の語を発する。その言葉は不思議と優しく、優雅な響きを持っている。
「やめとけやめとけ。こんな下等な連中にゃわからん」
穂駆が手を振りながら言ったが、由香は話を続けた。
『差し金になり下がった夜魔どもよ。おとなしく土へと還れ』
穂駆の言った通り、相手には聞こえていないようだ。次々と見えない牙や爪が襲いかかる!
「ちっ! 穂駆!」
「ったよ! 雑魚は一気にやりましょうか!」
その場から少し離れ、穂駆は宙に刀を消した。両手で素早く印を切り、優雅な口調で語を繰る。
「具現!」
ぶわっと風が起こると、妖怪犬たちの姿が現れた。穂駆は続ける。
「消滅!」
静かにそうつぶやくと、妖怪犬たちは断末魔もあげずに消滅していった。とりあえずは、戦闘終了である。
「ふぅ、慣れないな、何度やっても」
「語法(ごほう)も覚えておけ。昼はこれしか使えないんだからな」
「はいはい。帰りますか?」
一滴の光が神託(しんたく)をもたらした。杯に、酒が注がれる――と。
それの意味を知っている者たちの中で、特に欲深い者はいっせいに動きだした。禁忌とされいた語法を
持ち出し、下級の夜魔を操る者や、国家権力を駆使しだす者などだ。彼らの狙いはただ一つ、杯に注が
れた酒である。それは永遠の命をもたらすとも……究極の快楽をもたらすとも言われている――。
「たっだいまー」
穂駆が上がり込んだのは、一件の屋敷。武家屋敷のような作りで広い庭や池がある。
『おかえりなさい、穂駆ちゃん、由香ちゃん』
その声は、普通の人間には聞こえない。心に、直接に聞こえてくるからだ。淀みなき心にしかその声は
届かない。
「ただいま、日登美」
由香がふすまを開けながら言う。そこには一人の少女が無表情でイスに座っていた。
『ご苦労さま』
「聞いてないぞ。発生だった」
『うふ、ごめんなさい。間違えちゃったわ』
かわいらしい声はすれど、目の前にいる日登美本人の表情はまったくかわらない。かすかに入って
きている風に、時折長い髪が揺れるだけだ。
――脳死、亜和(あわ)日登美(ひとみ)はそう診断されている。
「歌はどうだ? 聞こえてるか?」
『ううん。今は聞こえない。今夜は新月でしょ? よく聞こえるはずよ』
「そうか……」
言って近寄った由香は、動けない日登美の頬を撫でる。ピクリとも動かない。
よくできた人形のようだ。
『なに?』
「…………」
『ダメよ。そんなこと。わたしはこのままでいいの』
――由香の心中を察し、日登美は気丈に言った。
「ふは、へーふはらへはひはひへるほ」
涼しい雰囲気をぶちこわしながら、パンを加えた穂駆が入ってきた。
「ん?」
「政府から手紙がきてるぞ。ほれ」
「日登美宛だ」
