『読んで』
開けた手紙は白紙。宵の文字で書かれているのだろう。
「操士(みさおし)撃退に協力しろってやつじゃねぇのか? また」
「だろうな。勝手な連中だ」
宵の文字は日が暮れないとその字を現さない。政府の要人は杯を欲するため、古代の語法を
解き放った。それはこの地日本に古くから住まう夜魔たちに忌まれるものだった。
『穂駆ちゃん、今朝のは犬でしょ?』
「ああ」
『きっと操士よ。政府の法師は動いてないから。砂髪(すなかみ)ってゆう操士を探して。今朝から
ずっと話しかけてきてるの』
「砂髪? 人間か?」
『ううん。人型だと思うけど。夜の貴族を怖がってるわ』
「そいつは光栄」
――操士は夜魔たちを、思いのままに操れる民。古来日本から、歴史の最下層で暗躍してきた
民である。今はその血も薄くなったが、純血も数名いるのだ。砂髪とはその頭領だろう。
「夜でもいいだろ。オレ少し寝る」
「ああ」
穂駆はそのまま、奥の部屋へと入っていった。
日登美の家ではあるが、今は彼女と家政婦数名が住んでいるだけだ。両親はとっくに亡くなっている。
『由香ちゃんは寝ないの?』
「オレはいい」
『ここで寝てもいいよ』
「…………」
『唄ってあげようか?』
聞こえると、由香は笑った。
『なによ? 杯の歌とまではいかないけどうまいんだからね』
「じゃ、頼もうかな」
『うん。じゃ、降ろして座らせて。膝枕してあげる』
由香は柄にもなく、ちょっと恥ずかしそうに頬は掻くと、小柄な日登美をイスから降ろし、絨毯の
上に正座させた。そして、物言わぬ少女の膝を枕に、由香は眠った。日が落ちると夜になる。
昼間は夜魔と変わらぬ夜の貴族も、真の力を発揮する。なにもかもを凌駕する、不死身の体を得、
数倍の力を持つ語法を繰ることもできる。由香は目を覚ました。すると、目の前にはむくれた顔の
穂駆がいた。
「やっとお目覚めか。膝枕でお昼寝たぁ結構なご身分で!」
『うふふ。穂駆ちゃん、砂髪をお願いね。今夜の歌に、たぶん出てくるわ』
「OKOK」
『由香ちゃんは……沙紀(さき)と……』
日登美が言いづらそうに言う。
「ああ。杯を探す」
由香も、寝起きで気だるそうな返事を返した。
『もう交代しちゃうわ。沙紀――お願い』
声が薄らいでいくと同時に、日登美の体がガバッと立ち上がった。
「んー! 久しぶりの出番ねぇ!」
「ひょー、ひさしぶりだな沙紀ちゃんよ」
「うっさいわよ。さっさと砂髪探しに行ってきなさい」
キッとまなざしを穂駆に向けると、きびすを返した沙紀は奥の部屋へと入っていった。
「ったー。相変わらずきっついやつ。んじゃ、探しに行ってくるからよ。なんかあったら呼んでくれ!」
言うが早いか、穂駆は姿を消した。
呼んでくれと言われて思い出し、由香は棚の手紙を取った。
