2  命の床

「ったく、何者なんだっての? おまえ」
  言って缶コーヒーを恵麻に渡したのは穂駆だった。そろそろ夜も明けようとする時間帯のコンビニで

  四人はたむろっていた。
「知らないんだ。本当は。ただ夜の貴族を追えって、命令文があったんだ」
  あれほど殺気立っていたのは嘘のように、恵麻は普通だった。
「命令文?」
  聞き慣れない言葉に首を傾げたのは沙紀。彼女も穂駆同様、人見知りはしない方だ。
「うん。ボクの体はプログラムでできてるんだ。だから、こうやって見えてるのは見えるっていう情報が

 実行形になってるからなんだ」
「う~ん……」
  穂駆と沙紀は頭を抱える。由香はしらん顔だ。
「人間でも夜魔でもねぇってことだろ?」
「うん」
「で、オレたちを狙ってると?」
「そうだけど……杯って情報がボクの中にもあるんだ」
  言った瞬間、由香の表情が変わった。恵麻の前に立ち、怖いほどの眼差しで聞く。
「杯ってなんなんだ?」
「ボクの情報だと……命の床としかない。けど、もしあるなら守らないといけないものだって」
「命の床……?」
  沙紀も穂駆も、先ほどから首を傾げてばかりだ。
「ピンとこねぇよな」
  穂駆はぼりぼりと後頭部を掻くと、座っている恵麻の頭に手を乗せた。
「まぁうちに来いって。気に入ったよ、おまえ」
「敵だよ?」
「どうせ杯を守るんだろ? だったら一時休戦ってことでよ。いいだろ由香?」
「沙紀に聞け」
「いいだろ沙紀?」
「日登美はかまわないって言ってるからいいよ」
  という言葉を聞くと、穂駆はにっこり笑って恵麻をのぞきこんだ。
「よろしく、恵麻」
「――変わった人たちだね」
  あきれたようにも、聞こえる言葉だった。日が昇り、四人は日登美の家へと帰ってきた。
  戻るなり沙紀は日登美と入れ替わる。
「二重人格?」
「みてーなもんだな。もうちっと正確に言えば脳が切り替わるんだそうだ」
「へぇ……パーテーション?」
「専門用語使うな」
  などと戯言を言っている二人をよそに、由香は日登美の顔を拭いている。
  先ほどの戦闘で、多少汚れてしまっていたからだ。
「あの人……アブナイの?」
「いや、由香は正常だぜ」
  由香も穂駆も、この得体の知れない恵麻に対して警戒心がなかった。殺気を発しているわけでも、

  恨みもないからだ。
  そして更には、彼女に『同じもの』を感じている。何者でもない……人外という妙な共感だろう。

  哀れみではない。
『砂髪に会えたわね』
  日登美の声は頭に、直接に送り込まれる。それは恵麻にも聞こえたらしく、きょろきょろとしている。
「ああ。操士って連中はよくわからん」
『うふふ。認識の狭さを教えられるわ。砂髪と……あの猫は滝雪って言うの』
「連んでるのか?」
『頭領はあくまで砂髪よ。けど実力的に見て、滝雪も発言権が強いみたいね』
  まるで知っているかのような口調でしゃべる日登美に、恵麻の視線がきつくなった。
「なんでも知ってるの? 彼女?」
「いんや。日登美の能力、霊視ってやつさ。地方によっては千里眼とか言うけどな。操士や法師の

 動きはほとんど網羅できる」
「へぇ~」
  目の前の動かぬ少女に、恵麻は尊敬の眼差しになった。由香が立ち上がりジャケットを脱いだ。
「休んでおかないでいいのか穂駆? 今夜も出るぞ」
「そうさせてもらう」
  言って後ろ手を振りながら、穂駆は奥の部屋に入っていった。
  ――キミもだ。
  由香の眼が恵麻にそう言った。
「ボクは――」
「二人にしてほしい……」
「あ、うん。ごめん」
  行き場所に困った恵麻は穂駆と同じ部屋に入っていった。
  ふわっと風が吹き髪を揺らすと、日登美は笑ったようだった。
『露骨ね』
「正直って言ってほしい」
『砂髪が言ってたわね。杯は命の床だって』
「どうゆう意味だろう……」
  言った由香は、日登美の傍らに寝ころんだ。少しの間があった。 涼しい風を感じる。


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