日没。
「うおっしゃあ!」
穂駆は雄叫びを上げながら、恵麻の背中に抱きついた。
「なんだよ?」
場所は日登美の家の屋根の上。水煌龍の気配を探っていたのだ。
「動き始めるぜ、水煌龍さまがよ!」
「便利なセンサーだね」
「どうでもいいけど、おまえって暖かいんだな。体温なんてねーかと思ってた」
「熱はあるよ。動いてるんだ――ん」
肩越しに顔を向けた瞬間、穂駆はいきなりキスした。
「ん!?」
驚きの声を上げたのは穂駆だった。
「な……?」
「いきなりそんなことするからだよ。バーカ」
「うえ~……気持ちわる」
恵麻はカラカラと笑う。何が気持ち悪かったのか? 恵麻の口内は人間のそれとは違い、
乾いていた。舌を入れた瞬間、乾いた布を舐めるような感覚が穂駆に不快感を与えたのだ。
「何とかなんねぇのかよ?」
「なるけどしてあげない。そこまで好きじゃないもん」
「言ってろ言ってろ。おーい由香、そろそろ出るぞ!」
下の部屋では、日登美が沙紀と交代し、着替えていた。その場に由香もいる。
「穂駆が呼んでるよ」
パジャマのボタンをはずしながら、沙紀が言う。由香は「ああ」と答えただけだ。見取れているわけではない。
「水煌龍も出てくるしね。少し大変かな」
「危なくなったら逃げろよ」
「平気」
下着になったかと思うと、手早く服を着て準備完了。
「日登美の話だと、秋眼ってのがくるだろうって」
「砂髪はこないのか?」
「動いてないって。行こ」
手を引かれ外に出ると、夕日は沈み、宵の帳が降り始めていた。感覚が広がり、力が漲ってくる。
水煌龍の気も影響してか、いつもより増して気分が高揚する。
「どうする穂駆?」
「沙紀」
と、由香が眼をやった。
「水煌龍はここから南。法師が何人か動いてる」
「見えた。五人」
バイザーを降ろした恵麻が、法師を捉えた。
「よく見えるな?」
「法師のデータは充実してるから見つけやすいんだよ」
「その機械もおまえの一部か?」
「うん。実行されてるプログラムを確認するだけだけど。あっ」
それをひょいと取り上げ、穂駆が覗いてみた。
「なんだこりゃ?」
「だからそれで見てるんじゃないんだって!」
穂駆が覗いたそこには意味不明な文字列が走っているだけだ。
「んっ……歌が始まる!」沙紀が言ったそばから、杯の歌が始まった。
肌を撫でる艶やか歌声だ。
「由香、行こう! 水煌龍を抑えないと!」
「ああ」
沙紀と由香が先に飛んだ。後を追うように、飛ぼうとした穂駆を、恵麻が掴んだ。
「あん?」
「乗せてって。ボク、飛べないんだ。一回飛べば覚えるから」
「いいぜ」
ぎゅっと恵麻の体を抱くと、穂駆は飛んだ。
「由香! 水煌龍は見えるか?」
「最近は弱ってる。具現化はしてないだろう」
「わたしがやるよ」
沙紀が笑顔で言う。夜魔の中でも、最高位に近づけば大きさも大きくなる。現世でその形を
具現化するにはそれなりのエネルギーが必要となる。だが、近年夜魔の力も弱まり、存在を
具現化させないものが多い。
「由香! 秋眼が動いた!」
「ちっ! 狙いはオレたちか!」
「わからないけど……え? 違う方……別の目的で動いてるわ!」
「行くぜ恵麻! 由香、秋眼だか何だがは任しておけって」
操士の情報網が一番恐ろしい、穂駆はそれを知っている。もしかしたら、水煌龍の行く先でなく、
操士の行く先に杯があるやもしれない。
「水煌龍を眠らせたら向かう」
「了解だ!」
返事を返すと、恵麻を抱いた穂駆は別の方向へと。
杯唯一の手がかりである歌は八方から巻き込むように聞こえるため、方向の手がかりにはならない。
「五人も相手にできる?」
「法師はオレがやる。沙紀はを水煌龍眠らせてくれ」
「わかったわ。結構難しいって話だよ」
沙紀も法師の一人である。古来、法師は古き神々と語り合い、災いを避けてきた民族。語法は今でも
形を変えて伝わってきてはいるが、彼女たちの使う本式とは違って目に見える効果はない。儀礼的な
意味しかないのだ。
「信じてる」
「嬉しいこと言うね。いた! 法師たち!」
大通りからそれた、ここいら近辺で一番大きな神社へと続く道を、一台のRV車が走っている。
その先には、水煌龍の気がある。
「いい?」
「頼む」
「その姿を現せ!」
沙紀が語法を繰ると、水煌龍は夜空に、その巨体を具現化された。
青く、煌々とした光を発する鱗。長く伸びた髭と、銀色に光る鋭い牙。赤く、燃えるような眼の、
水の神水煌龍だ。すでに正気はない。杯の歌に酔ってしまっている。
「酔ってる……」
「法師たちだ。眠らせるどころか、酔わせやがった」
二人に気づき、走っていた車から三人の法師が降りてきた。
「沙紀は水煌龍を追え。オレはあいつらをやってくる」
「わかったけど……いいの?」
歌に酔わされるのではと、沙紀は気を遣った。
「戦闘になれば余裕はなくなる」
「う、うん」
不安げな声を残し、沙紀は水煌龍を追って飛び続けた。由香は降り、法師を迎え撃つ。
――夜も浅いため、時折に車の通りがある。具現化した水煌龍でも、並の人間には見ることはできない。
電気の消えたレストランの前に、由香は降りた。
夜目が利く。
二人は黒いスーツを着込んだ男。もう一人は、同じようなスーツの女か。
「夜の貴族、南条さんですね?」
