杯
3 体の感触
「お願い! 話を聞いて!」
沙紀は水煌龍に向かい、必死に訴えていたが、酔った水煌龍に聞く耳はない。
「くそ……やはりダメか……」
「杯の歌も止んだのに……どうして」
と、沙紀が言った時だった。
『夜の貴族……由香様ですか?』
――水煌龍の声だ。
「ああ。そうだ」
由香は毅然(きぜん)として答えた。
『私は酔ってしまっている。この体は杯を求めてのたうつだけです……消してください』
水煌龍は涙を流していた。
「泣いてるよ……由香」
『お願いです……ありもしない杯を追う愚行を止めてください』
「ありもしない?」
由香はその意外な言葉を聞き返した。
『杯がなんなのか、神と言われる私ですら存じませぬ。ですが、杯があるとすれば、私のよう
な者には縁のないもの。子孫も権力もいらないのですから――』
ますますわからない。杯とはなんなのか……。
『消してください。私が消えれば新たな水の神が生まれましょう……お願いです』
「わかった。一瞬で楽にしよう」
「由香本気?」
「ああ」
クールな瞳で水煌龍を見ながら、由香は刀を出した。
そして、刀身に触れながら言葉を紡ぐ。
「宿い戻れ……祖の夜よ……」
真っ白だった刀身が徐々に黒くなる。
彼の刀は、彼の一部。
何十億年という単位で転生を繰り返してきた由香たちは過去を記憶を持たない。その代わり
として、この刀がそれを本能的に記憶している。
楚良斬(そらきり)――それが、由香の一部であるこの刀の名らしい。
「沙紀……離れてろ」
「う、うん」
沙紀がすうっと離れていくと、由香は水煌龍の頭上より少し高くまで上昇した。
「うおおおおおお!!」
解放された楚良斬りの刀身は裸女のような形になった。それは今まで喰われてきた女たちの
御霊のうつしだろうか。
その髪が逆立ち広がり、巨大な刃となる。
両手で柄を握り、水煌龍の眉間目がけてそれを突き立てた。
電光のような一撃は水煌龍の頭を砕いた。
裂かれた水煌龍の体からは血の代わりに、恵みの雨が降り出した。
水煌龍の姿が薄らいでいく。
今、神の命は消え、新たな神へと受け継がれる。
