シュキィィィィン!

 横薙ぎにされたのは氷柱だった。滝雪は軽やかに飛び退いていた。
「フォフォフォ、若いの、由香」
「黙れ!」
「由香待って!」
  気がつけば、滝雪は周囲に何本もの氷柱を立てていた。
  その間を縫うように逃げる。感情的になった由香は滝雪を追うだけだ。
「どうした由香? そんなことではわしを倒して、杯を手にできぬぞ! 日登美の体を抱くこ
ともできぬぞ?」
「く!」
  由香の目――いつもは黒く透き通っていて、ものすごく遠くを見ている目が、怒りに燃え、
辱められたことに対して狂っていた。
  沙紀の、初めて見た由香だ。
  日登美のことを言われ、腹を立てた由香だ。
「滝雪! 操士ふぜいが……これ以上図に乗るなよ!」
「貴族らしくないのう。フォフォフォ」
  ぶんと、由香が大きく空ぶった。
  その瞬間、氷柱が由香の体めがけて集まり始めた。
「んっ!? しまっ――」
「この氷柱は夜魔じゃよ由香。迂闊だったの。宵跳びでももう出られぬ」
  集まった氷柱は一つに固まり、その中に由香を封じ込めてしまった。
  自由は完全に奪われた。
「まあ死ぬことはないが……そうだの、二百世紀くらいは眠ってもらおうかの」
「由香!」
  すっかりと人気の引いた大通りの真ん中で、氷柱と化した由香に叫んだ。
「無駄だ、沙紀。いかなる語法を繰ってもその氷柱はとけん。ぬしも知っておろう? 由香が
惚れとるのは日登美。ぬしの体の持ち主じゃよ」
  身を裂くようなことを、滝雪は平然と言う。
  両腕からはボボッと火の玉を出した。
「知ってるわよ!」
「一途な女は馬鹿を見るぞ? 人間は人間の子を産んだ方がよい」
「うるさいわね! 由香を出しなさい! 刺せぇっ!」
  放たれたレーザーを簡単に避け、滝雪は火の玉を放った。
  それはゆっくりと、ゆっくりと沙紀を目指す。
「由香が杯に固執しとったのも、知っておるはず。あやつは日登美の体を治したかったのじゃ
よ」
  聞きたくない! と言うように、沙紀は大声で語法を繰った。
「張って! 捕らえて!」
  見えない糸がババッと張り巡らされた。それらの糸は一気に、滝雪に巻き付こうとする。
  滝雪は真っ白の狐を二匹呼びだし、その糸を断ち切らせた。
「走れ! 刺せ!」
  刃の疾風を先行させ、瞬間遅れてレーザーを撃った。
  案の定、滝雪は飛んだ。そこへレーザーが直撃した。
「ぬうっ!?」
  レーザーは滝雪の右肩を持っていった。
  散ったのは金色に光る体液。
  しかし動きの鈍りはなく、火の玉を出している。
「この血を見てみるがよい。金色の血じゃよ?」
「それがどうしたのよ……。わたしはそんな手にかからないわよ! 突風消せぇ!」
  沙紀を中心に起こった大風はふわふわと漂っていた火の玉をすべて吹き飛ばした。
  キッとにらみつけられた滝雪はにいっと目を細めている。
「なんなのよ!」
  沙紀はその視線にムッとして叫んだ。
「若いのと思うての」
「さっきから若い若いって!」
  それでも、滝雪は笑みを消さなかった。
「わしは操士の子が欲しくての。……惚れた相手は人間じゃ。五百年ほど前の話じゃ」
  滝雪から殺気が消える。
  ――何年生きようと、女は恋愛がらみの話が好きなようだ。
「……操士はのう、操士から産まれてくるのじゃよ。そして人間と暮らす。外見はこのよ
うにの」
  言うと、滝雪の体は若い女へと変わった。
  長い黒髪を湛える、白い肌の大和撫子。着物がよく似合った。
「!」
  沙紀はその姿に、見とれるほどだった。
「……当時は四人おった。操士がの」
  声は野鳥のように、耳を撫でる柔らかい声。こんな声で歌われれば、男はあっという間に虜
にされてしまいそうだ。
「掟があってのう。操士は操士以外、契ってはならなんだのじゃ……。わしが惚れたのは農家
の長男。何の変哲のない、凡人じゃった。見栄えとてよくはない。
  けなげでの。話したこともない相手じゃ。ただの、ようわからんが惚れとった」
  滝雪の笑みは先ほどまでの笑みとは違う。優しい笑みだ。
「秋眼のように、人間を操士にすることはできる。じゃがすべてがうまくいくとは限らん。失
敗すれば夜魔に喰われてしまうのでな。
  わしはだれとも契らず――今日まで生きてきたのじゃ。女ならわかるはずじゃ、子が欲
しかろう? 由香のな。だがのう、夜の貴族を産む女は死んでしまうのじゃ」
「え……」
「あまり……由香を……詩梳(うたすき)を困らせんでくれ」
「詩梳って……!」
「夜の貴族は何百回の転生を繰り返す。わしが惚れておったのは、今でいう由香じゃよ」
  滝雪は笑みを消し、氷柱の中の由香を見やった。
「由香は忘れとる……いや、知らんだろう。詩梳は歌が好きだったようでの。だからわしは、
歌を覚えたのじゃ……」
  沙紀はよくわからなくなってきていた。
  由香を好きだった人が、どうして由香の邪魔をするのだろう。愛する人には、尽くそうとは
思わないのか、と。




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