5    ――抱擁

 ――操士同士による戦いの舞台は海上だった。
  水平線は明るみ、冷たい風が吹く。
「滝雪! これ以上意地を張るな」
  砂髪は実体を浮かべていた。釣り鐘のような体の回りに、護符のようなものが浮遊している
だけの、実に不思議な実体。
  海面が盛り上がると、イカの足のような物が数本、消えている滝雪の存在を探り当て、襲い
かかる。
  滝雪は海からの風を狐に変え襲いかかってきた、足を斬る。――防戦気味なのは故意ともと
れる。砂髪は気づいている。
「どういうつもりだ滝雪! くだらぬ情けなど受けんぞ!」
「頭領、よいのか。詩梳が杯に接触しとるぞ」
「そのようだが関係ない。酔っているあいつが正常に反応するとは思えない」
「フフ、頭領。詩梳はそれほどに愚かではない」
  海面から波気がなくなったかと思うと、水が一瞬で、砂になった。
  砂髪の力で、海は砂漠と化した。これが幻覚なのかどうか、滝雪にもわからなかったが、別
に驚くことでもなかった。
「頭領、頭領は今までに多くと操士と契りをかわした。じゃが、子はできんかったの。今度は
わしで試したいのじゃろ? こんな老いぼれでも、頭領はよいのかの?」
  滝雪は数個の火の玉を浮かべた。地面の砂はさらさらと流れ、何かを形作り始めていた。
「下衆の勘ぐり、という言葉を知っているか?」
「ひゃっひゃっひゃっ! 男はいつもそう言うらしいのう。頭領、人間に慣らされてしまった
のかのう? 正直になりなされ、詩梳のように、正直にのう……」
  砂髪は舌打ちした。心を読まれるということがこれほど屈辱だとは思っていなかった。
「詩梳の前では、綺麗でいたい。こんな歳になっても、そう思うのじゃよ」
  眼を細める滝雪に、砂髪はまぶたを閉じた。
「ならばなぜ奪い返そうとはせんのだ?」
「かなわんのじゃ。杯にはの。もう決まっとる。じゃが頭領、お主と契るくらいならば、わし
は死を選んでしまうのじゃよ」
  キッと、皺深い眼が鋭い眼光を放った。
  砂髪は眼を開き、足下からから砂を巻き上げて言った。
「よく言った――滝雪!」
  先に動いていた砂は巨人となり、今巻き上げられた砂は滝雪の視界を麻痺させた。
  だが、滝雪の浮かべていた火の玉は消えず、砂髪の存在を探り当てて矢になった。
「ぬぇい!」
  滝雪は砂塵の中で、水の鳥を呼びだして視界の回復を計った。同時に水柱を至るところに立
て、迫る巨人へと牽制することを忘れない。
  一方、砂髪は火の矢に苦戦していた。その矢は持久性があり、一度かわしてもすぐに方向を
変えて狙ってくる。
  砂髪は砂を硬め、土嚢のような物を作り、それに矢をぶつけて消していく。
「きりがない……いくつ作っておいたんだ!」
  矢の数は十数……いや、二十は軽く越えている。それが八方から飛んでくるため、砂髪の眼
が滝雪に向く暇などない。
  水の鳥は舞い上がっていた砂を吸い尽くすと、湿った砂になりバラバラに砕けた。
  砂巨人を目視すると、滝雪はそいつの足下から強力な水柱を立てた。
「ゴウウウウ!」
「はっ!」
  水柱が消えぬうち、今度は氷柱を四方に立て、巨人へと走らせた。水で湿らされた巨人は氷
柱に囲まれると、氷の巨人と変化した。

 


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