杯
杯――日登美は歌を歌いながら歩いてきている。周囲には、歌に酔わされた何百何千という
夜魔が集い、彼女の傀儡(かいらい)と化している。
「ほーっ、随分な大軍だな」
「感心してる場合じゃないだろう」
恵麻は穂駆に上着を投げつけた。
袖を通しながらも、穂駆は窓の外から目を外さない。
政府の方からこの街には避難勧告が出されているため、街に人は残っていない。残っている
のは法師たちのみ。
早くも、夜魔と法師との戦闘が始まったらしい。
「オレたちも行くか……」
「そうだね」
「由香にはもう少しゆっくりさせてやるか。なにせ今夜の主役だからな」
「うん。行こう、穂駆」
「派手にやったろうぜぇ!」
叫んだ穂駆は恵麻をわきに抱き、窓ガラスをぶち破って飛び降りた。
「ひょおおおお! いっくぜぇ!」
滝雪もまた、動きを始めた。
もてる限りの力で、酔わされていない夜魔をかき集める。その数およそ五十。すべてが水煌
龍クラスを超えるものである。
「美佐子、秋眼のことはすまんかった」
「いいんですよ。兄さん……いえ、秋眼は自らの意志で操士に転じたのですから。わたしは人
間の法師として……杯を退けましょう」
杯の歌は夜魔たちを戦いへと駆り立てる。法師の語法が炸裂し、激降(げきこう)する体液を
浴びながら、異形の夜魔たちは襲いかかる。
穂駆が着地すると同時、恵麻は上空へ飛んだ。勢力比は杯側が圧倒的である。バイザーをか
け、もっとも夜魔の多い地点へと突っ込んで行く。
刀を持ち、穂駆は走る! 目の前に出てくるすべてを切り払いながら。その姿はまさに、夜
の貴族とするにふさわしい壮麗(そうれい)さがある。
