杯
「ったくよ! なんて数だ!」
斬っても斬っても、夜魔は現れる。
杯の歌をBGMに夜魔たちの戦闘意欲は最高潮に達している。
「剣風!」
穂駆が剣風を放つと、数十匹の夜魔がまっぷたつにされる。そんなことも何度繰り返したこ
とだろう。
「穂駆! 由香が出た!」
上空の恵麻が叫ぶと、穂駆は剣風をもう一発放ち、前進した。
「由香を杯にぶつけていいのか! ええ! 滝雪さんよお!」
『さあのう。わしにもわからん。じゃが、お互いそのつもりのようじゃ』
後方にいる滝雪の声は頭直接、送られてくる。
「……宴の始まりってわけか……へへっ、オレの出番はあんのかな?」
――法師は全滅に近かった。残った数人が美佐子と共に、穂駆と恵麻の討ちもらした夜魔を
始末するのが精一杯だった。滝雪にはもう、戦闘するだけの存在はない。
そんな戦場の中を――由香が走り抜ける。
「詩梳!」
滝雪の呼びかけには振り返らず、由香は走る。目指す先は杯。それしか目に入っていない。
――オレは杯を倒すのか? 倒していいのか? 杯を倒せばどうなるのか? わからない…
…だけど行かなければいけない。行ってどうする? 杯はまだ注がれる酒を待っているのか?
どうしてオレが選ばれたのか? どうして、オレは沙紀を選んだのか?
様々な想いの答えを、杯は持っている――根拠無き確信があるのは不思議だった。
「由香!」
恵麻の呼びかけに視線だけを向け、由香は「任せておけ」と眼で伝えた。
「由香!」
穂駆の出した手を打ち、パァンという音を立てた。
由香の目に、それは見えた。巨大な龍に護られ、立っている白を纏(まと)った少女。
『由香ちゃん……』
愛おしげに呼ぶ日登美。由香は返事の代わりに楚良斬りを抜いた。
「日登美――オレはおまえを倒していいのか?」
開口一番のその一言に、日登美は眼を丸くした。
『何を言ってるの? 由香ちゃん。さ、早く行きましょ』
「オレはおまえとはいかない。待ってるやつがいる」
『……裏切り者』
日登美はくすっと含み笑いをし、そう言った。
『わたしへの気持ちは嘘だったの?』
「おまえは変わった。万能の力を得た変わりに、おまえは自分を失ったんだ」
『そんなことないわ。わたしの想いはちっとも変わってないわ』
「違う。ならどうして沙紀を苦しめた?」
『仕返しよ。今までわたしがどんな気持ちだったか……』
「それは沙紀も同じだろう。だが、沙紀はおまえを恨んじゃいない」
龍が動いた――由香は気配だけを追っている。
『何が言いたいのよ……由香ちゃんは?』
「汚れた杯より、オレは沙紀を選ぶ」
『沙紀を殺すのね。夜の貴族の子供を宿すのは人間じゃ無理なのよ?』
「例外はある」
言い切り、由香は楚良斬りを構えた。
日登美は無言・無表情で殺気を放った。
フッと微笑む日登美。
『できるわけないじゃない! 沙紀は死ぬのよ! 由香はわたしじゃなきゃダメなのよ!
どうしてわからないの! ねぇ!』
その笑みは一瞬にして鬼女と化した。
彼女の言葉は龍の咆哮のように周囲を揺るがす。
「人の心を動かせるのは、人の心だけだ――杯の力でも、運命でもない」
『言わないでぇ!!!!』
ヒステリックな声を上げ頭を抱え込んだ日登美に変わり、龍が動いた。開かれた口が由香へ
と迫る。
